大台簡易裁判所 昭和33年(ろ)1号 判決 1958年3月11日
被告人 大西保治
主文
被告人は無罪
理由
被告人に対する本件公訴事実は「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和三十二年十月二十八日午後三時四十分頃多気郡大台町大字来生地内路上において、三重す七五五号小型自動三輪車の乗車のため設備された場所でない後部荷台に野村勇三を乗車させて運転したものである」というのである。
そこで本件証拠に照してみると右事実中「法定の除外事由がないのに」との部分を除いたその余の事実はこれを認めることができるが被告人も当公廷においてこれを認め、ただ右野村勇三は砂利積卸に必要であるから乗車させた旨を主張している。
およそ、諸車の使用主又は運転者は、乗車又は積載のため設備された場所以外に乗車させることができない(道路交通取締法施行令第三十八条第二項前段)が、特に、貨物自動車については、貨物の積卸に必要な人員を乗車させる場合を除いては、たとえ乗車定員内であつても荷台に乗車させてはならないのである。(同条第二項後段)ここに「貨物の積卸に必要な人員」とは具体的な場合について、貨物の質量その他諸般の状況から社会通念に照して判断しなければならない問題である。
しからば本件で、右野村勇三は「貨物の積卸に必要な人員」であるかどうかというと、証人野村勇三、同奥山泰文の当公廷における供述を綜合すると、被告人は当日の午後本田清七から自動三輪車で以て、度会郡大宮町七保大橋下の河原で砂利を採取の上、同町金輪地内橋梁上に散布するよう依頼され、既に夕刻に間もなかつたので助手と二人では作業困難と考え、人夫として野村勇三をつれて行くこととし、同人を荷台に、助手奥山泰文を助手席に各乗車させて自宅を出発し、砂利採取場所である七保大橋に向う途中、多気郡大台町大字来生地内で交通取締中の西河巡査の取調を受けたのであるが、取調が済んでから被告人は、七保大橋下で右奥山、野村との三人で砂利を採取積載し、同町金輪地内の橋梁上まで運び、該砂利を路上に散布し作業を終えて午後九時頃帰宅したもので、その間往路、復路とも走行中は野村勇三を荷台に乗車させていたことが認められる。以上の事実関係から見ると野村勇三を荷台に乗車させたのは、日没間近で積卸作業を迅速に行うため人夫としてつれて行く必要があつたためであるから所謂貨物の積卸に必要な人員に該当するものであつて、これを荷台に乗車させることは当然許容されており何等違法性を発見することができない。
検察官は、貨物積卸に必要な人員として乗車できるのは、貨物積込地点から、卸す地点までの区間(この間は往復共)に限られ、その前後は許されない。従つて本件では、砂利積込地の七保大橋から、荷卸地金輪までの区間は往復共乗車できるけれども、その前後は出発地警察署長の許可でもない限り(本件ではその許可はない)乗車できない。と主張するが、法令の上で乗車区間についてそのような制限は見当らないから貨物を積むための往路、貨物を卸した後の復路を含むものと考える。若し往路、復路は乗車できないとなると、積込地まで人夫を別につれて行くとか、積込地で人夫を雇うとかしなければならないことが起り、作業に支障を来すことが明らかであつて、それでは正常な輸送業務が阻害せられ法が「貨物の積卸に必要な人員を乗車させる場合を除き」との除外例を設けた趣旨も没却されることになるのである。元来貨物自動車の荷台に一般乗車を禁じたのは、荷台が乗車設備不完全のため転落等の事故を防止する趣旨であることは勿論であるが、この規定を強行でき難い場合も生じてくるのであつて例えば、災害発生等の場合の救援隊員や罹災者の輸送、そのほか他に交通機関の利用できない緊急の必要があるときには、出発地警察署長の許可を受けて荷台に乗車できる(同施行令第四十二条第二項)とするのがその一例であるが、そのほか貨物の積卸の人員を要し、これを乗車させて行かないと作業に差支えることが日常屡々起るから、このような場合には、許可を受けないでその人員を荷台に乗車させることができることとし、この場合にも設備外乗車の除外例を認めたのである。従つて、貨物の積卸に必要な人員を乗車させる場合に、これを積込地と荷卸地との間に限るとする理由は見当らないのであるから右検察官の主張は何等合理的根拠がなく採用できない。
仍て本件は、罪とならないから刑事訴訟法第三百三十六条に従い無罪を言渡す。
(裁判官 中里俊一)